気まぐれ日記 03年7月

03年6月はここ

7月1日(火)「ユーミンのコンサートは成功?・・・の風さん」
 出勤して着席しメールチェックしたら、朝刊に『怒濤逆巻くも』の書評が載っていた、という後輩からの知らせが入っていた。(文芸評論家の清水信先生だ、とすぐピンときた)それで、購入する気になったという。やはり書評が出るというのは、購買心を刺激するらしい。
 自席のトレイ(回覧物や提出書類を入れておく入れ物)に、書籍郵便物が届けられた。おや、と思って封筒を見ると、森北出版である。それで、OmO教授の初の著書であることが分かった。それなら、自宅へ届ければいいのに、なんでわざわざ風さんの勤務先に送ってきたのだろう?
 その答は、帰宅して開いたメールに解き明かされていた。

 
発送頼むときに会社宛の方が拡販宣伝の一環みたいでもっともらしいかなと思ったのですが、その割には発送料までしっかり徴収されたのであんまりかんけーなかったかな。

 発送料はたいてい著者負担だと教えてあったのに、せこい教授だな。
 さて、今夜は、ワイフが友達とユーミンのシャングリラUを観に行っているので、帰ってきたら、駅まで迎えに行く約束をしていた。それなのに、すっかり忘れて、9時半過ぎまで残業していた。慌てて自宅へ電話し、次女にワイフの予想帰宅時間を聞くと、11時過ぎだという。セーフ!
 9時50分に退社した。いつも通りに有料道路のインターを目指したら、なんと通行止めだった。常滑に新国際空港ができるので、有料道路の整備が進んでいる。ジャンクション化工事のために、今日から3日間、夜10時から翌朝6時まで通行止めなのだ。諦めて、インターを迂回してしばらく走ったら、ワイフからケータイに電話があった。電車の到着時間がはっきりしたという。やはり11時15分だった。これなら間に合う。(実は、ワイフは私が書斎でケータイに入った電話に出たと思っていたという)
 いったん帰宅して、簡単に夕食をとってから、迎えに行った。
 ワイフにとって初めてのユーミンのコンサートである。しかし、2時間半の間にユーミンは20曲程度しか歌わなかったらしい。ほとんどサーカスのショーみたいだったという。松任谷正隆のプロデュース・ミスのような気がした。おまけにアイススケートのショーのために館内はがんがんに冷房してあり、途中でトイレに行かねばならなかったというから、それもちょっと・・・と思う。
 それでも、コンサート前から興奮していたワイフは、帰宅してやっと空腹に気付き、二人でチューハイを飲みながら食べて喋った。

7月2日(水)「太平洋に小瓶を流す行為?・・・の風さん」
 ミッシェルで隣県の製作所へ出張した。風もなく穏やかな陽気で、ミッシェルは気持ちよく走ったが、ここのところお疲れの風さんは、イマイチ気分がスカッとしなかった。
 昼食を食べてから本社へ戻ったのだが、正門付近で、グループ会社の社長として出向しているOさんにバッタリ。何年も前に仕事でご一緒したことがあるだけだが、今回、Y氏を通じて拙著の出版を知り、購入の意志あり、と伺っていたので、チャンスとばかりに確かめた。すると、「すぐ本屋へ行ったのだけど、上下巻のうち片方しかなくて買わないで帰ってきた」とのこと。いずれにしても、その手の本は好きだから是非読みたいとおっしゃる。そこで、路上で取り引きした(まるでヤクの密売みたいだったな)。
 持参した3セットが2セットに減って席に着いた。
 午後、Y氏が現れて、とんでもないことを教えられた。「営業の重役が、あんたの本をお得意様へ配りたいから、請求書付きで10セット届けてくれ、と言ってたぞ」このY氏の営業努力で、社内で猛烈な勢いで『怒濤逆巻くも』が売れだした。もう怒濤の勢いである。しかも、相手は部長以上ばかり。
 帰宅してメールチェックしたら、OmO教授からドッキリするメールが届いていた。OmO教授は自分の初めての本が並んでいるのを観察するために書店めぐりをしたのである。
 

 
昨日都内で用事があったので、八重洲ブックセンターに拙著の陳列具合を探索に行きました。
恐る恐る探しにいったら、平積みじゃないけど、表紙を表に10冊ほど立てて陳列してあったので、まあまあの扱いにほっとしました。
(実はその前に何店か覗いて、なかなか置いてないので少しがっかりしていた)
ついでに歴史小説コーナーも覗いて、風さんの本が生意気にも平積みされてたので、津本陽の『勝海舟』を上に載っけてホコリよけにしておいてやったぜ。
てのは冗談ですけど、あの本の多さを見ると、出版というのは太平洋に小瓶を流すような行為だなーとつくづく感じました。


 冗談だと思えなかったぜ。

7月3日(木)「またUSJに行けそうな風さんの巻」
 ここのところずーっと繰り返しているのは、帰宅して食事した後、『怒濤逆巻くも』3セットに署名捺印。
 この3セットはたいてい完売する。今日は『怒濤逆巻くも』を副社長にも届けてきた。さらに予約が入って、お客様には待ってもらうことになった。帰宅までに、予約は5セットである。もちろん営業の重役からの10セットは別だ。重い荷物の運搬はまだ続きそうだ。
 午後から真剣に雨が降り出した。
 先日訪問したのに会えなかった啓祐堂のご主人と電話で話した。元大企業の部長だった人で、第2の人生を趣味を生かして古書店を経営している。堅実な事業運営のようだが、案外のんびりしたところもある。あくせくしないところがいい。
 出版社の編集長とも電話で話した。以前からチャンスを狙っている東禅寺行きである。互いのスケジュールがなかなか合わなかったが、8月3日(日)で計画することにした。
 拙著の社内販売好調の影響で、鳴海風の名刺も底をついてきた。ついこの間新調したばかりの名刺である。追加注文もした。
 職場の旅行が宝塚とUSJに決まったらしい。うれしかったが、小幹事に聞くと、大幹事が私の意向を尊重して、幹事二人が投票権を放棄したため、逆転しなかったというのが真相とのこと。得票で逆転した場合、行き先は浜名湖沖で海に潜り、銛で魚を刺してすぐ料理して食べるというツアーになった。やはり、私は宝塚とUSJの方がいい。
 退社して駐車場まで歩いていると、踏み出した足の下をさっと潜り抜けた跳躍物体があった。振り返ると、ぴょん吉である。危うく踏みつけるところだった。雨が降り続けるとぴょん吉が飛び出す。ミッシェルが見えてきたころ、道の左側にある未舗装地帯でゲロゲロ鳴く声がした。

7月4日(金)「天気晴朗、血圧穏やかなり・・・の風さん」
 天気晴朗、今朝も『怒濤逆巻くも』を3セット抱えて出社。
 午前中、血圧の経過観察に行ってきた。薬を飲んでいる風さんは、要管理状態に置かれているのだが、ずーっと正常値を維持している。今朝は、自動測定が124−77で、ドクターの測定では126−74だった。これなら、また1200枚くらいの小説が書けるかもしれない・・・なんちゃって(古いギャグだ)。
 職場旅行はてっきり宝塚とUSJだと思い込んだが、実はUSJはセットされていなかったらしい(知らないうちにキャンペーンでシュワちゃんが来てしまったから、どうせ行っても、シュワちゃんに会えることもないだろうし・・・負け惜しみ)。ま、宝塚も、一度は観たかったものなので、これひとつでも満足しよう。それに、今年は阪神の優勝はほぼ間違いないので、関西地方への旅行はそれなりに意味がありそうだ(どんな意味だ?)。
 今日も『怒濤逆巻くも』がある役員の手に渡った。これで、9人の役員が『怒濤逆巻くも』を所有することになった。風さんの勤める会社は不思議な会社だと思われるだろうなあ。少なくともこういう会社では、雪印や名鉄バスのような不祥事は起こりにくいと断言できる。

7月5日(土)「某月某日の小話・・・の風さん」
 1年前から服用している高麗人参がなくなってきたので、会社の帰りに薬局に寄って買ってきた。濃縮液で、かなり強烈な匂いがするので、私は薄めて飲む。値段もちと高い。
 帰宅して、自慢げにワイフに見せたら、効能書きを読んでいた彼女がポツリ。
「血色不良や冷え性、あるいは胃腸虚弱・食欲不振、そして病中病後・・・あなた、全然どれにも当てはまらないじゃないの? いったい何考えて飲んでいるの?」
「え? ないか? 老人性ボケボケ症とか会社いやいや病とか」
「△■○▼☆」

7月6日(日)「今ごろ「ビューティフル・マインド」を観た風さんの巻」
 実に久しぶりにレンタルショップでDVDビデオを借りてきた。ラッセル・クロウの「ビューティフル・マインド」である。ここ数年執筆が多忙でレンタル・ビデオをほとんど観ていなかった。まして、劇場での映画鑑賞など半年に1回である。次の作品を書くためにも、小説を読むこと、映画や美術鑑賞、旅行などは重要だ。
 なぜ「ビューティフル・マインド」を選択したかというと、ロン・ハワード監督の作品だったことと、好きなジェニファー・コネリーが出ているから。加えて、アカデミー賞の、作品賞、監督賞、脚色賞そして助演女優賞をとった作品と知っては借りないわけにはいかなかった。
 実を言うと、ショップへ寄るまで、この映画を全く知らなかった。執筆期間が長過ぎると「浦島太郎」になるのである。始めのところを観ていて、主人公のジョン・ナッシュが「ゲーム理論」でノーベル賞をとった人物をモデルにしているのではないかと想像した(まさかズバリその人の話だとは思わなかった)。半ばを過ぎてから、ミステリとして観ていたので、政府の諜報活動に協力したジョン・ナッシュの記憶を消そうとするが、結局それができなくて、再び暗号解読の仕事で国の危機を救う話かな、と思っていた(その時点でも、実話とは思っていないのである)。最後にノーベル賞受賞スピーチで妻の献身に感謝する場面では感動した。なぜ感動したのか、イマイチ分析できない。恐らく、私が初老の域に入っているからだろう(年寄りは涙もろいものである)。とにかく、作品の中から感動のテクニックは抽出できなかった。大好きなジェニファー・コネリーがアカデミー助演女優賞をとったのはうれしいが、彼女の登場する場面は少なすぎた。私なら、もっとたくさん用意する。・・・しかし、「ロケッティア」の頃に比べると、著しく痩せていたな。役作りのために激しく減量したのかもしれない。おお、それならそれで、私から努力賞をあげたい。
 
7月9日(水)「地震とメールの関係・・・の風さん」
 起床して階下へ降りると、「今朝の地震、知っている?」とワイフから聞かれた。言外に(知らなかったでしょ?)という響きが伝わってくる。むっとしながらも「地震なんてあったの?」と白状せざるを得ない。いったん眠りに落ちると、たとえゴキが顔の上を歩いていっても気が付かない私である。
「ええっ? あんな大きな地震が分からなかったの。今朝の2時過ぎだったらしいわよ。やっぱり、地震でも火事でも、あんた死ぬわ」と断定されたので、「じゃ、喪主の挨拶よろしくね」という、いつもの逆襲で夫婦(めおと)漫才は終了した。ワイフは人前での挨拶など死んでも御免だという口である。
 今朝は、ミッシェルで隣県の製作所へ直行である。梅雨の合間のどんよりした空模様である。もやっとした大気の中に飛行船が浮かんでいた。最近ちょっと疲れ気味なので、パワーのあるミッシェルだが、さらに速度を落としてゆったりと走る。それでもミッシェルは飛行船を追い越す。
 昼休みに、久しぶりにアシュレイとケータイをつないでメールチェックした。
 おおっ! 憧れの彼女からメールが入っていた。例によって、真夜中にメールチェックして、私のラブコールに返信してくれたようだ(うれしい)。よく見ると、発信時刻が午前2時・・・、今朝の地震があった時刻と合致している。しかし、待てよ。彼女からの返信メールを敏感アンテナでとらえたワイフが、同時刻に住居付近の大地を震わせた可能性もあるぞ。じゃ、地震の話はデタラメ?
 帰宅して夕刊を見たら、今朝未明の地震は本当だった。震度4。
 これから地震ごときで死ぬわけにはいかない。死んだら、大事なメールを読みそこなう。

7月10日(木)「ハウスダストかダンナアレルギーか・・・の風さん」
 帰宅が10時過ぎになった。こう毎日遅くては、書斎の片付けも、残務整理も全くはかどらない。こんなことで、いったいいつ執筆再開できるのだろう。いらいらしながら居間へ入ったら、ワイフがソファで寝ていた。
 2階へ上がって、いつでも寝られるようにパジャマに着替えて降りてきた。夕食の支度をするワイフとまたバカ話。ワイフが鼻水をすすっている。
「また、花粉症かい?」
「最近、あなたが帰ってくるとすぐ鼻がおかしくなるわ」
「そりゃ、誤解だ」
「いいえ、間違いない」
 以前は、私の方が帰宅すると急にくしゃみが出るようになって、「この家はホコリが多い。ぼくはハウスダストにアレルギーなんだ」と愚痴っていたので、その逆襲らしい。
「もっとダンナを大切にして、いつもそばにくっついていればアレルギーなんかなくなるだろう」
「あかんべえー」
 職場のこの秋の旅行が宝塚になった、ということは、以前書いた。宝塚は初日で、2日目は現在フリータイムらしい。何も計画が立たなければ、またUSJへ行くことは可能みたいだ。いずれにしても、2日目も楽しめそうだ。

7月11日(金)「週末は疲労感もピーク・・・の風さん」
 疲れていたので夕べはストレッチも適当にしてさっさと寝た。で、今朝はかなり早く目が覚めた。・・・ら、ワイフがベッドにいない。だいたい、ワイフは夜更けまでトールペインティングをやっていて、朝は、子供の弁当の準備があるから早起きである。つまり私が寝ている間に就寝して、私が起きないうちにベッドを出て行くことが多い。目覚めた時にワイフがベッドにいないのは別段驚くことではないのだが、こんなに早朝からいないのは変だと思いつつ、ふと足元を眺めたら、・・・いた。なんと二人はベッドにTの字になって寝ていたのだ。ドキッとした私は、ワイフを蹴飛ばさないように右足を伸ばしてワイフから遠ざけようとした。・・・ら、足がつった。痛っ!
 朝ふとんの中で足を伸ばして「足がつる」というのは、疲れている証拠である。
 昨日もミッシェルで隣県の製作所へ出張する予定があったのだが、業務の都合で部下に任せた。今日も、同じ予定が入っていたが、会議の場所が県内の製作所に変更になった。距離的に楽になったのはありがたい。
 朝から何とか泣きださないでいた空の下、ミッシェルで出発した。しばらく走っていると、空模様が怪しく感じられた。雷雲が近付いている気配である。大気中の湿度が異常に高まってきている感じもする。
 ・・・と、来た。稲光である。前方の空を大地へ向けて直角に光が走った。しばらくして、火薬の炸裂するような響き。不協和音の余韻。かすかな恐怖心が体を貫く。また鋭く光が落下した。
 ぽつりぽつりと降りだしたかと思うと、まもなく幕をおろしたような豪雨である。ミッシェルのボデーが激しく叩かれる。まるで弾雨を浴びているようだ。私はミッシェルのリトラクタブルヘッドライトをマニュアルで上げて、この自然の洗車機に身を任せることにした。
 製作所から帰るころには雨はすっかり上がっていて、ミッシェルの汚れが落ちていた。私の体にべったり貼りついた疲労感も、こんな感じで洗い落とせるといいのだが。

7月12日(土)「つらかった知人の通夜・・・の風さん」
 夕べは食後ソファで爆睡してしまった。目覚めたら11時半。フラフラする頭で、「ええい、行けるところまで行け」と決断し、結局就寝は今朝の4時である。でも、お陰で残務整理が多少進んだ。
 で、起床は今朝の7時。中途半端な睡眠で、頭がクラクラしていた。
 ワイフは、予定していた行事で、昨年の町内会の役員たちと伊良湖岬まで慰労会に出かけた。実は隣家のご主人が師崎からのフェリーの船長で、今日は一行が乗るフェリーの舵輪を握った。そのお陰で、一行は操縦室や特別室などを案内してもらったそうだ。私は中国へ渡る豪華客船で同じ経験をしていて、それと比較してみたかった。
 ワイフに続いて、長男が部活に出、姉妹が生意気にも名古屋まで買い物に出かけた。バーゲンセールがあるのだという。
 私は一人で朝食を済ませ、DIYの店に念願の本箱を買いに出かけた。『怒濤逆巻くも』執筆のために買い込んだ本などを整理するためだ。帰宅してすぐ本箱を組み立てて本の整理を始めると、それだけで疲れてしまうので、買ってきた本箱のキットを玄関に置いてそのまま、久々のトレーニングに出かけた。最近著しく体力が低下していたので、どうかな、と思っていたが、やはり下半身がメロメロだった。トレーニング後の数値は、血圧全く問題なし、肥満度−1.7%、体脂肪率19.7%だった。これで体力がつけば、また無理×無理=執筆ができるだろう。
 体育館から戻って、焼きそばで昼食にし、それから本箱を組み立て、本の整理を終えた。
 さすがに疲れたので、コーヒータイムにして、読みかけの本を読み始めた。疲労でスピードが上がらない。
 ワイフと共通の知人に不幸があり、その通夜に出席するため、5時にミッシェルで家を出た。
 通夜や葬儀は苦手である。まさか激励とか元気付けをするわけにはいかない。行動派の私にとって何もできないというのは、はっきり言ってつらい。できるだけ知人と顔を合わせたくなかったのだが、散会となったとき、顔が合ってしまった。(十数年ぶりの再会でもあったのだが、)知人は泣いていた。かける言葉がなかった。まるで、私自身が泣かせているような気になってしまう。つらい。
 帰宅してから遅い夕食となった。ひとしきり通夜の話題。明日は、ワイフを連れて行くつもりだ。
 今夜は借りてきたDVDを観られるだろうか。

7月13日(日)「雑務をひたすら片付ける小説家の巻」
 夕べは次女がテレビを独占していたのとワイフの多忙とで、DVDは観られず。その代わり、早寝して、今朝は寝坊したので、寝た寝たあ〜。起きたら、あちこち筋肉痛である。気持ちいい〜(私はマゾか?)。
 今日も残務整理に集中した。『怒濤逆巻くも』の修正必要部分の検討、来月の東禅寺訪問スケジュール作成、出版社へのファックス(パソコンからダイレクトで送信するためのセットアップに挑んだが、今夜は失敗した)、事務用品の片付け(これをしていたら、行方不明だったハサミが出てきた)、依頼されている新鷹会の事務処理などである。その間に、次女を絵画教室へ送迎。今日は、ワイフは一人で葬儀に出かけた(初めての目的地なので、あらかじめ私がナビにセットしておいた)。これだけ集中すれば、確かにはかどるな。
 外は終日雨がしとしと降っている。屋内は常時エアコンで除湿をかけているので、じめじめ感はない。
 ここまで片付いてくると、いよいよゴミ出しが今後の最大のポイントとなる。

7月14日(月)「何事もない1日・・・の風さん」
 昨日、執筆マシンでのファックス機能セットアップは失敗したが、アシュレイでは成功した。
 その勢いで借りてきたDVDを観ようと、夜10時からテレビの前に座ったのはいいが、操作がなかなかうまく行かず、挙句の果て、チャプター10以降が「読み取れません」という状態になってしまった。せっかくエロチックサスペンスを観ていたのに、これでは結末が分からない。ふてくされて、そのまま寝た。
 早朝ミーティングがあるので、6時40分に家を出発。
 久しぶりに7階まで階段で上がったら、息が切れた。やはり足腰が弱っている。
 午前中は本社でめまぐるしく仕事し、午後は製作所でウロウロしていた。多忙な会社にいると、何をやってもそれなりに仕事になるし、時間も矢のように過ぎていくが、(私は)これでいいのか、といつも思う。金曜日は社外で講師をするのでその準備をしなければならないのだが、今日も着手できなかった。
 帰りに不調のDVDを交換してきた。明日は、新鷹会の勉強会で上京する。それでも、今夜中に昨夜の続きを観てみたい。
 それにしても、発信するメールに比べて返信メールの少なさよ。会社は全く逆だけどね。

7月15日(火)「美術鑑賞もする風さんの巻」
 久しぶりに全国的に雨が降らない日、勉強会のため、有休をとって上京した(自信をもって傘を持たずに行った)。
 今日は知人の紹介があって、写真展を見る計画も立てていた。
 その前に、たまたま来月の予定の関係で、松屋銀座店のホームページを見たら、私好みの絵の展示がされていることが分かったので、松屋デパートへ向かった。7階の画廊で開催されている「ダン・ゲァハルツ絵画展」を見るためである。今日、15日が最終日だった。
 どんな絵画かというと、アメリカの田舎に生活する女性の日常を描いた作品である。日常といっても必ずしも家事にいそしんでいるというわけではない。手紙を書いている姿とか、花を摘んでいる姿とか、家事とはいっても台所に立っている姿などである。いずれも若く美しい女性がモデルだ。版画が多い。絵は落ち着いた色調でとても品が良い。眺めていると、絵の中の女性に恋したくなる。そう。ロマンチックな絵なのだ。作者は、1965年にアメリカで生まれた。まだ若い。写真を見ると知的な風貌をしている。数学者か音楽家のようだ。
 同じ7階の別室で、「横山申生(しんせい)・百瀬郷志 油絵小品2人展」をやっていた。71歳の横山画伯の絵はヨーロッパの風景や人物が題材で、実に明るく陽気だ。朱色など思い切った色使いをするなど、生命力にあふれている。百瀬画伯の絵は、ブドウやアケビといった静物画である。特にブドウは、輝く透明感で実にみずみずしい。つまんで食べてみたくなる。しかし、決して写実的というわけではなく、よく観察すると人工の宝石のような光沢感で、やはり現実離れしている。
 次に、目的の写真展を見るために、表参道へ向かった。「SOAVE  大淵環(たまき)写真展」である。事前にインターネットでチェックしたら、かなりの数ヒットし、花の写真が出てきた。ここでも、花の写真があったが、あと半分は人の手の写真である。すべてモノクロ写真。しかし、陰影を際立たせたモノクロ写真というのは、立体感はもちろん強烈だが、カラー写真にない雄弁な自己主張がある。花も手も圧倒的な存在感なのである。
 特に、この手のモデルが、この写真展を紹介してくれたのだ。彼女の手は、石を抱き、ガンダーラの仏像のように印を結び、蘭のような花びらを意味ありげに捧げている。
 花と手という全く異質な組み合わせが、被写体として同じカメラマンのレンズにとらえられると、小気味良い調和を見せながら迫ってくるから不思議だ。
 絵や写真の展示を見たあと、ちゃんと新鷹会の勉強会に出席したのは言うまでもない。

7月16日(水)「またまた教授ネタ・・・の風さん」
 今朝も本を運ばなかったので、7階まで階段でのぼった。やはり息が切れた。
 1日休むとメールがわんさと入っている。とてもそれらを全部開いて読んでいる余裕はない。
 たまっていたのはメールだけではなかった。また新たな『怒濤逆巻くも』サイン本の注文で、一気に6冊である。さらに『円周率を計算した男』2冊である。(名古屋のJR高島屋11Fの三省堂では、まだ平積み状態だという報告もあった)
 次々に生じる業務打合せの合間を縫って、明後日の講演の発表資料を準備していた。何しろ3時間に及ぶセミナーの講演なので、それなりに内容(レベル)があって、しかも退屈しない(聴講者が疲労しない)構成を考えなければならない。そうこうしているうちに、来月の22日、東京で講演する仕事(代理)が飛び込んだ。この日は、5月に応募した部下の学会賞の二次審査(ヒアリング)も行われるので、うまくすれば両方に出られるかもしれない。・・・と喜んでいても、この新たな講演の準備も必要である。
 帰宅は10時過ぎとなった。
 新鷹会の伊東先生からファックスが入っていた。日本数学協会の協会誌創刊号に寄稿したエッセイのゲラが届いていた。ちょっと原稿が長過ぎたようだ。
 OmO教授から、OmO教授が登場した、5月21日のNHK教育テレビ「サイエンスZERO」のビデオが届いた。OmO教授の実像を知りたい人にこのビデオを貸してもいいのだが、美人に限るという条件付なので、永久にお蔵入りだろう(笑)。
 まだ読んでいなかった朝刊を広げたら、親友の小菅教授の記事が地元紙の31面に出ていた。男性のリードに合わせてワルツを踊るダンスロボットの開発の記事だ。
 この2人の教授には「今度、銀座へ案内するから」と言ったまま実行できないでいる。それぞれ連れて行けば、銀座の女性らの大学の理系教授観というものが一変するかもしれない。え? どう一変するかって? それは、そのときのお楽しみ。気まぐれ日記はそのために続くのだ。

7月18日(金)「今週はお疲れ?・・・の風さん」
 ときどき雨は降るがじめじめ感は少ない。朝夕は気温が下がるし、爽やかな風も吹く。依然として梅雨らしくない日々が続いている。
 今日は名古屋へ出張し、セミナーの講師をしてきた。もちろん会社の仕事である。行きに初めてホームライナーというものに乗車してみたが、途中で徐行運転などがあり、特別快速や新快速よりも時間がかかったので、会場に急ぐ私にとっては、ほとんど意味がなかった。
 講演は3時間の長丁場だった。用意した100枚近いビラを使って、なんとかほぼ時間通りに説明し終えた。かなり真実を本音で語ったので、受講者の心に残る講演だったのではないか。・・・ともあれ、来年になれば、正直なアンケート調査結果が出るので、私の感想が実態に近いかどうか判明する。
 帰社してからも仕事が多かった。ちょっと笑えたのは、来週横浜に出張するので、新幹線の座席指定切符を手配したのだが、なんと、新横浜に停車しない「ひかり」を指定してしまったため、旅行代理店から問い合わせがあったことだった。今週は毎日のように早朝出社で深夜帰宅だったから、ちょっと疲れてはいる。しかし、これは疲労というより、やはりボケであろう。
 結局、帰宅したのは10時過ぎになってしまった。
 地元のケーブルテレビと契約したブロードバンドのインターネットがつながっていた。これは、ワイフのパソコン(すなわちトールペインティング教室ビジネス)を強化するのが狙いである。

7月19日(土)「冷血ロボットTXに見惚れる風さんの巻」
 ワイフとの約束で名古屋まで映画を観に行った。最初、ワイフの希望で「マトリックス」を放映している映画館へ向かったのだが、着いてみると、認識していた上映時間が1時間早まっていた。週末はスケジュールが変更になるらしい。続いて、第2希望の「ターミネーター3」の映画館へ移動したのだが、ここも事前に入手していた上映時間と45分ずれていて、映画が始まっていた。止むを得ず、「ターミネーター3」の次のスケジュールの切符を入手し、その前に早めのランチを済ませることにした。
 そのレストランへ行く前に、名古屋JR高島屋11階にある三省堂に寄った。数日前の情報で、『怒濤逆巻くも』がまだ平積みだったと聞いていたので、書店で一度も目撃していないワイフに見せるためである。
 あった。先日の情報では5段積みだったが、今日は3段である。少しずつではあるが、知人をはじめ、誰かが買ってくれているようだ。ここで、地元の新聞に大きく書評でも出れば、さらに売れるだろうが・・・。
 今風のオシャレなカフェでランチを食べてから、「ターミネーター3」を観た。とても分かりやすいストーリーで、年寄りには楽だ。相変わらずシュワちゃん演じるターミネーターは、やや人間くさいロボット(サイボーグ?)で、好感がもてる。新登場の女型ロボットTXは、血も涙もない(ほとんど表情も変えない)パワフルで恐ろしいヤツだ。しかし、外観はとってもセクシーでかわいい。
 映画の後は、自分用の服をワイフに買ってもらった。セクシーな格好をしたいと無益な野望を抱いているが、なかなかうまくいかない。ワイシャツとTシャツとズボンでけっこうな金額である。

7月20日(日)「杉本画伯の前では誰でも若造・・・の風さん」
 今日も終日雑務というか残務整理に余念のない1日であった。この混乱状態から抜け出せるのはいったいいつになるのだろう。
 昨日は「ターミネーター3」を観たのに、さらに深夜、借りてきたビデオ「スパイダーマン」をワイフと観た。エンターティンメントとしては面白かった。ただし、「ジュラシック・パーク」「スーパーマン」と「ザ・フライ」さらに「ターザン」のパクリのような感じでもあったが。評価すべき点は、人間ドラマを作り上げようと努力していることだろう。ただ残念ながら成功していない。これには理由が二つ考えられる。しっかりした脚本や演出がされていないことと、役者が若過ぎて演技不足だからだ。これでは「スパイダーマン2」の企画は難しいだろう。もっとも「スパイダーマン2」が出来れば、私は観るつもりだが。
 さらに、昨日は、『和算忠臣蔵』の表紙絵を拝借させてもらった杉本健吉画伯がテレビに登場した。ずっと画伯の活躍を追っているシリーズものである。今回のタイトルは「97歳の疾走」。圧巻だったのは、画伯を尊敬するイラストレーターの黒田征太郎氏が、杉本美術館に画伯を訪ねるシーンである。黒田氏自身ももう64歳くらいになる筈なのに、画伯の前ではまるで画学生のように緊張しまくりで固くなっていた。そして、画伯から「あんたの絵が見たい」と言われ、すぐその場でスケッチブックにささっと3枚ほどの絵を描いたのは剣豪の真剣勝負のようであり、私は見ていて手に汗を握ってしまった。ど迫力であり、強烈な印象が残った。黒田氏の即興の絵を手にとった画伯が、終始にこやかな表情で、「描いている途中の工程を見たから分かったよ」と黒田氏のたくまぬ筆さばきに賞賛を送りつつ、「ぼくがそれをやると無意識でなく意識的にやってしまうから技術になってしまい、いつも反省しているんだよ」と恐るべき発言をしたのである。終わってから黒田氏が、「杉本さんの前では自分はまだまだ若造だと思いました」と述べておられたが、私も2年前に似た経験をさせていただいのでよく分かる。『和算忠臣蔵』に対して画伯は、「いやあ、最後まで騙されちゃったよ。あんまり面白くて2回も読んじゃった」とおっしゃったのだ。騙されたというのは、忠臣蔵というタイトルなので、忠臣蔵らしい場面が出てくるのを今か今かと待ち受けていたのに、とうとう最後までなかったというのである。杉本画伯は忠臣蔵が大好きで、ずいぶんお詳しいとのことである。若造の小説にオリジナリティを発見して賞賛してくれたのだ。誉められて逆に恐縮してしまうというのは、相手が偉大な芸術家だからだろう。その杉本健吉画伯は、今年、誕生日がくると98歳になられる。

7月22日(火)「たまに野球も気になる風さんの巻」
 今日は日中は夏らしい日差しが街中にあふれた。
 阪神タイガースが怒濤の勢いで優勝街道を驀進中である。勢いに乗った阪神は強い(逆にいったんこけ出すと、急な坂道を転がり落ちて行くから、また怖い)。とにかく、もう60勝である。チーム打率が3割というのも常軌を逸している(あははは)。
 一方、夏の全国高校野球選手権の予選がたけなわである。秋田高校出身を誇りに思っている風さんとしては、地方予選の結果を新聞で確認するのが、この時期の楽しみである。今日の朝刊を見ると、3回戦を10対0で勝っていた。だいたいベスト8は堅いので、そのあたりから、新聞を開くたびにドキドキするようになる。
 阪神の優勝が決まっても道頓堀には飛び込まないが、母校の甲子園出場が決まったら、絶対に応援に行くつもりである。ついでにUSJに寄ってもいいな。

7月24日(木)「編集者と会っても仕事の話をしない・・・の風さん」
 朝の8時から会議があり、早々とミッシェルで出社した。その後、簡単な打合せを部下としたあとすぐ、電車で横浜へと出張した。某社の生産技術研究施設を見学させてもらうのである。新横浜がちょうど12時になるので、名古屋駅で昼食のおにぎり2個を購入してひかりに乗り込んだ。
 疲れていて、やがて眠り込んでしまい、目覚めたら小田原の手前だった。あわてておにぎりをほおばり、ペットボトルの日本茶で流し込んだ。ふと、通路の向こうの乗客を眺めると、弁当を広げたところだった。むろん知らない若い男である。が、仕草に異常を感じた。周囲を全く意識しない丹念さでご飯を箸でならした後、ふりかけをかけて食べ出したのである。弁当を作ったのが彼の妻なのか母親なのか、はたまた彼自身なのか判断できなかったが、家庭でのかたくなな生活習慣が目に見えるようで、私は肌が粟立つのを感じた。
 新横浜から電車を乗り継いで、1時前に目的地に着いた。
 出張は大変勉強になり、有意義であった。
 5時に解散し、私は横浜へ向かった。某出版社の編集者と会うためである。
 その前に、駅内にある有隣堂書店をチェックしたら、なんと、『怒濤逆巻くも』が上巻だけ棚にささっていた。ちゃんと上下巻を揃えておいてほしいものだ。
 9時まで編集者ととりとめのない話をし、私は9時34分発ののぞみに飛び乗った。
 実は、この時間の新幹線では、名古屋に着いた時点で終電が出てしまい、自宅まで帰れないのである。以前もこんなことがあった。そして、今回も名古屋のホテルに泊まることになってしまった。もちろん自腹である。
 そこで、ふと気がついた。せっかく編集者と会ったのに、なんにも仕事の話をしなかったぞ。

7月25日(金)「祝甲子園出場! 古豪秋田高校の巻」
 ホテルを7時にチェックアウトし、今日も朝8時からの会議に出席した。
 若桜木虔さんからのメールで、母校の秋田高校が本日決勝を迎えることを知っていたので、勝敗の行方が気になったが、1日中目の回る忙しさで、途中経過の確認もできなかった。ちなみに若桜木さんの母校、静岡高校はまだ3回戦通過である。結局、8時半ころ退社し、帰宅してからようやくインターネットで、高校野球選手権秋田大会の結果を調べることができた。
 バンザーイ! 決勝は11対1の圧勝で、秋田高校は4年ぶり19回目の甲子園出場が決定した
 そこのあなた! もし1ヶ月後に甲子園球場に行くことがあったら、アルプススタンドをしっかり見て欲しい。母校を応援する鳴海風の尊い姿がそこにあるだろう(笑)。

7月26日(土)「甲子園ネタが続く・・・の風さん」
 昨夜はうれしくてあっちこっちに母校の甲子園出場をメールで告げた。
 会社で拙著を買ってくれる友人や知人がたくさんいるのも、こういった心境が背景にあるのかもしれない。
 そんなわけで就寝が遅くなり、それでも今朝は寝坊せずに起床したのだが、夕方から猛烈に睡魔が襲ってきて、今日こそは、と決めていたトレーニングに行けなかった。明日こそは行くぞ。
 やらねばならない雑務はたんとあるが、眠いと手につかない。今日は、読みかけていたミステリを読んで過ごした。大野優凛子著『消えた甲子園』(実業之日本社)である。随所に新人らしさが目につくけれども、この人、なかなか無駄のない文章を書く。論理的な頭脳の持ち主のようだ。21世紀は女性の時代なので、また強力なライバルが登場したと言える。ちなみに、母校の野球部は、この小説の世界とは全く無縁である。とは言え、ひと月後に甲子園に足を運ぶことを考えると、観戦の楽しみが増加しているのは間違いない。絶対行くぞ。
 『消えた甲子園』は4ヶ月前に寄贈された本である。実は、一昨日、また鈴木輝一郎さんから新刊が届いた。今度は、『幻術絵師、夢応のまぼろし』である。『怒濤逆巻くも』をまだ読みきっていないワイフが、早くも輝一郎さんの本にとりかかっている。けしからぬ話だが、私もそういう本を書かねばならない。きっと書くぞ。

7月27日(日)「水彩画に学ぶ風さんの巻」
 モーニングを食べに、ワイフと近所の喫茶店へ行った。そこではよく小さな展覧会をしている。今日は、次女も通わせている絵の先生が指導するあるグループの作品展が開催されていた。水彩画である。
 朝食を終えて作品展を観ようとしていたら、先生が来店された。
 私はトレーニングをしに行く体育館に掲げられている先生の絵のスケールの大きさに圧倒されている。また、以前先生の個展を拝見した時の自然な作風にも清々しさを覚えていた。しかし、先生と親しくお話させてもらったことはない。
 ワイフはよく知っているので、ごく自然に絵の話になった。学生ではないが、いわゆる先生にとっての生徒さんの作品についてである。小説もそうだが、完成度が低い作品も解説をうかがうと大変勉強になる。何が不足しているのかが分かってためになるのだ。
 背景の話をした。
 中心となる絵から描き出して、最後に背景を残した場合、初心者はそこに色を置くことができなくなるのだそうだ。背景がなくてもそれなりの完成度があるのだろうが、背景を加えてさらに表現できるものはあるわけだし、それによって中心の絵がより引き立ったりするわけだから、先生は背景を加えることを勧めるのだそうだ。
 そう言われて周囲の絵を見回すと、確かに背景のある絵とない絵がある。背景がない絵で優劣があるように、背景がある絵でも優劣がある。背景がある絵で解説をうかがうと、確かに背景が効果的になっていないためにせっかくの中心の絵が引き立っていない絵がある。色使いや境界の描き方、濃淡などなどである。
 これも初めて知ったことだが、そういった背景がうまく描けていない絵は、いくらでも修正できるという。濃い色で輪郭まで塗りつぶしたようなものでも、紙が傷むほど手を加えてでも全く違った背景に修正できるというのだ。文章ならいくらでも書き直しができるが、まさか絵もそのようなことができるとは知らなかった。
 朝から貴重な時間であった。

7月28日(月)「天候から自然現象の話・・・の風さん」
 東海地方の梅雨が明けたと思ったら、昨日の空はどこまでも澄んで青く冴え渡り、肌に心地よい風が終日吹いた。虫の声も穏やかで、まるで秋の訪れを感じさせる日だった。そのような中、待望のトレーニングに行くことができた。ラボードの上を走りながら窓外の芙蓉を眺めるのもよいものだ。適度に体をほぐした後に乗った体脂肪率計の結果を見るのが楽しみだった。結果は、久々の18%台で、18.6%。脂肪量も確かに数値は落ちている。肥満度は−1.1%だし、血圧も問題なし。ボケさえなければ、まだまだやれそうな実感がある。
 そして、一夜明けたら、あ、雨である。今度の週末の上京時の詳細スケジュールがなかなか決まらず、涙雨かもしれない。傘を携えてミッシェルで出社した。早朝から会議があるので、今朝も早い。そうか。もう3日連続早出になる。年寄は朝早く目が覚めるらしいが、私はそんなことはない。しかし、年寄の仲間に入りかけている。駐車場から社屋まで歩きながら、大腿四頭筋と広背筋の疲労を感じた。昨日のトレーニングの成果である。心地よい。涙か雨か分からない雫を忘れようと思った。
 再び自然現象の話であるが、宮城県では依然として余震が続いている。宮城県沖地震のときは仙台市内の大学の研究所にいて、大きな揺れに思わず机の下に避難した。その後、皆でホッとしながら豆を挽いてコーヒーを飲み、夜になってから帰宅したのだが、市内は停電で真っ暗、信号機もすべて消えていた。道路はいたるところで割れたり隆起したりしていて、揺れの大きさを物語っていた。家では家具が倒れ、食器類が割れ、水道も止まっていた。多くの人々が倒れたブロック塀の下敷きで死んだと知ったのは、だいぶ時間が経過してからだった。今回、死者が出ていないのは、不幸中の幸いというべきだろう。

7月29日(火)「勝手に想定したライバル、静岡高校は?・・・の風さん」
 母校秋田高校の甲子園出場が決まってから、余裕で、知人、友人らの母校の動静を見守っていた。その中で、とうとう若桜木虔さんの静岡高校が地方大会決勝へと駒を進めた。途中で雷雨による試合中止や、延長戦やら色々とあったが、激戦の静岡県大会を勝ち抜いてきたのである。秋田高校と若干似ていて、打力のチームらしい。ここまで来たなら、絶対に甲子園まで来て秋田高校と戦って欲しい。私はアルプススタンドで若桜木さんの入った静岡高校応援団と対決したい(超多忙な若桜木さんは、応援しながら執筆しているかもしれないが)。
 そういった夢が実現するかどうか、明日はっきりする。

03年8月はここ

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